エッグズベネディクトとあの頃インマイヘッド
エッグズベネディクト、ハイカロリー、ハイファット、魅惑のテイスト。いまだにベネディクトの語るところがよく分からないが、それは美味い朝食メニューで、時折食いたくてたまらなくなる。
リーズナブルに提供する店も少ないので、
イングリッシュマフィンを見るとたまに思い出して、奇妙な偶然が重なった調子の良い朝だったので、家族のためにこさえた。オランデーソースが足りなかったがまあいいや。オープンサンドにすると卵が行き渡らないので、挟んでやった。オランデーつうのも良くわからない。意味のわからんことばっか言って仲良くなる気があるのかという料理だね君は。
エッグズベネディクトとの、出会い
カナダ留学していた十九二十歳。199x年、核の炎に包まれず巨大な隕石が飛来することも、コンピュータが反乱を起こすこともない、湿気のない、やたらと空の高いのんびりした初夏の頃だ
O市のBマーケットのそばのベーカリーでルームメイトと働いていた。ステューデントビザの私は働けないので、お手伝いという名目でお小遣いをもらう程度だったが、パンは食べ放題だったしタバコ代ぐらいにはなった。お手伝い先の隣にあったカフェで仕事終わりや、休みの日は少し遅い朝食を食べたりした。
ルームメイトと僕は朝食をオーダーする。
「お馴染みのお二人さんね。今日も朝食よね。卵はどうするの? ベーコン、ソーセージ? パンの種類は?」と、
短いエプロンした、輝くスマイルをしたお店の看板娘。
「パンはブラウンで、
ベーコンはカリカリ。
卵はサニーサイドアップで
あとコーヒーとOJ」
日本でいうとこのモーニングをスマイルでスムースにオーダーできると、
ツインピークスの住人にでもなったような誇らしい気分になった英語初心者の僕。モーニングって朝定食を朝と呼んでるわけで、非常に粋なものを感じる。
このモーニングは、チップ込みで3-4ドルもあれば食べれる。パン2枚、卵2個、ベーコン2枚かソーセジ2本、ハッシュポテトとコーヒーおかわり自由という、愛知県の喫茶店みたいな充実ぶりで、一人暮らしなら、作るの馬鹿らしいわと思うほど、充実していて、昼前に起きれた時は毎日のように食べていた。
喫煙におおらかだった時代、腹一杯食べた後にゆっくりカナダ製のまずくて強いタバコに火をつけるのが、至福だった。
ルームメイトがネイティヴの英語で日常会話をウェイトレスと楽しんだあと、何かをオーダーした。
もちろん「エッグズベネディクト」なのだが。当時の私にとってはかなり謎の単語で当然頭をスルーしていった。
知識とは毎日すれ違っているだけでは当然頭に入ってこない。意識し何度となく触れ合い、良く観察し、自分の既知となんらかの関係性を見つけ、こう使うのかと閃き、使えるように練習して、段階を経てものにしていくものだ。
いきなりエッグズベネディクトを理解しようなどできるわけがない。
ルームメイトは美味そうにナイフとフォークを優雅に使い食っていた。黄色いソースに包まれた乳房型UFOのような風貌がキュートだった。半分に割ったイングリッシュマフィンの上にピンク色のハムがのりその上にたわわなポーチドエッグまるっとのっかり、いちめん覆うように黄色い濃厚なソースがかかっているものが、大皿に2つ乗っている、サイドにはフライだか、サラダがあったのだろうが記憶に残っていない。丸い2つの未知の食べ物がエッグズベネディクトだった。私の心は奪われた。ルームメイトがポーチドエッグの目玉の薄膜にナイフを入れると黄身がとろーり溢れ出し、ソースをより濃厚な色に変えていて、小さくカットした卵、ハム、イングリッシュマフィンを更にソースの海に泳がせ、リズミカルに口に放り込む。柔らかと弾力とカリッとしたものとドロっとしたものが口の中で愉快な音楽を奏でていることだろうと想像し、黄身の溢れ出す光景がスローモーションで何度も脳内で様々なアングルで流れ続ける。ハッと我に帰る。折角オーダーを覚えて浮かれていた、自分の食っているありきたりな目玉焼き定食がクソみたいに思える。後から聞いた。何あの食べ物?
えっぐずべねでぃくと? ふーんと興味はバリバリあったけど、なんかひねくれていて、興味のないそぶりをして、先輩と行くときには頼むまいと心に決めた。一方で必死に脳内メモに書きなぐって今すぐ食べたいという自分がいた。
そらから1人で朝食を食べに行く機会にエッグズベネディクトを恐る恐る頼んでみて、あまりの美味さに慄いたのを覚えている。なんなのこのソース。コーンスープ? と見当はずれの色にだけ引っ張られた推理をしていた。当時はネットもそこまで普及してなかったし、そのソースの正体を突き止めるのことができたのは随分後のことだった。
正体は日本人を嘲笑うかのようなトリオ。レモン汁、バター、卵黄。
一旦自分の脳内食ったことある料理ライブラリー納められた後は、俺のソウルフードのように他人に紹介しまくった。留学したばかりの日本人の女の子と食べに行くようなことがあれば、エッグズベネディクトをしたり顔で頼んでみたりした。
日本でのエッグズベネディクト
そこまで日本で定着しない理由はいくつかあるだろう。
時間がかかる。
ちょっとハイカロリー。
食材のコスト。
面倒で、太りそうで、安くないといところか。
二本の朝食文化に目玉焼き、卵焼き、卵かけご飯、茹で卵、スクランブルエッグよ超定番レギュラー枠にポーチドエッグがいまいち食い込んで来ていけない点にあるのではなかろうか。そもそもポーチドエッグをつくるのが湯を沸かしたり、酢を入れたり、卵を割り入れたり、茹で上がった玉子をキッチンペーパーをしいたザルにあげて水を切ったり、作り手からすると少し面倒なことが多い割には、報われないアッサリしたテイスト。朝の忙しい時間にはステップが多すぎる。ポーチドエッグ自体は悪くない悪くないけど、コスパ悪い! もっと簡単になってからまた来ね。という印象なのだろう。お手軽料理が忙しい日本の朝食に向いているのだ。
イングリッシュマフィンもトーストしてバター塗るだけでも抜群に美味いけれど、食パン、菓子パン、お米ほどリーズナブルではないから、朝食定番のレギュラー奪取にはこの先も厳しいだろう。
この独特の黄色いソース。オランデーソースに至ってはボウルや泡立て器出すのが邪魔臭いし、材料がバター、卵黄、レモン汁となんとなく社会人になってからパッと集まろうと思ったけどなんだかんだ集まれない同級生のようで、冷蔵庫でなかなか勢揃いしてくれない感があるのは気のせいだろうか。エッグズベネディクト調理人口増加に激しくブレーキをかける要因なのかもしれないと私は睨んでいる。
適当な妄想をしながら調理する私に、こんな洗い物の増える料理は作る気がしないと妻が褒めているのか馬鹿にしているのかため息をつく。
イングリッシュマフィン、ハム、潤沢な卵、レモン汁、有り余るバター、心の余裕、ゆっくり作れる時間、楽しかつた思い出、必要なものが全て揃い噛み合えば、このエッグズベネディクトは作れるのだ。
材料さえ揃えば、非常に簡単、
湯を沸かし酢を垂らしポーチドエッグをつくり、
つくり終わった湯で
卵黄を湯せんにかけバターを溶かし、レモン汁を注ぎ
オランデーソースをつくり、
その間にハムを乗せたイングリッシュマフィンを
オーブンで焼き、私は気まぐれでチーズをのせたりする。
後は焼き上ったイングリッシュマフィンにポーチドエッグをのせ、オランデースをたっぷりかけるだけ。私はブラックペッパーを多めにかけるのがお気に入りだ。
レシピサイトや動画レシピサイトをみれば、本当に簡単に作れる。そして美味いものしか入っていないだけあって、やっぱり美味い。食いすぎたりしたら早く死にそうだ。やっぱりたまにで良いね。君は。