クロックマダム
亭主たるもの、休みの日ぐらい、朝食をつくらないといけない。
収入が低いと、昭和の親父の口癖のように休みの日ぐらいゆっくりさせろよなどとほざけば首が飛ぶ。張飛の蛇矛の餌食のように。
これは悲嘆すべきことではなく、現実として受け入れるには充分なほど、カミさんの言うことに正当性がある。
10ゼロで私の非。
共働きなのに、カミさんは朝5時には起きて、弁当や朝食や洗濯をこなす。ノーベル平和賞なみの活躍だ。ワタミのいままで集めてきたありがとうでも足りないくらい感謝している。
一方私は子供の着替えとか布団の片付け、洗濯物を干す、ゴミ捨て、掃除機かけ、食器洗い、保育園へ送るなど簡単な家事はするが、7時までは寝ている。反省して然るべきだ。
自分がおきてからなら、朝食を作るなんて苦じゃないし、お米を前面に出し、茶色いオカズを子供が嫌がらなけばお弁当も作るし、洗濯も一括に心の赴くまま洗濯槽に放り込んで良いなら喜んでやるが、様々な諸事情により、あなた本当にA型なの?とか、品質に問題があるからとか見た目が可愛くないとか、オシャレ着と下着を一緒にあらうなとか、畳み方が違うとか、家族もこちらの家事はお父さん気持ちだけで結構ですからとなる。
家事ハラ? じゃねーの? とクオリティの低さを棚上げして、結局私は家事分担を多くしたところで、様々な難癖をつけられて、やらなければやらないで怒られて、完璧にこなせば息がつまるとか言われて(言われたことない)、
カミさんと勝負している限り一生勝てない裁きのシステムの中にあるのでは? 無理ゲーってやつ? けっやってられるかと数年思ったのちにまあ仕方ないか、明日は明日の風が吹くさとどこかで開眼して、張り合う気持ちや反発する気持ちを根絶やしにすることに成功した。
つまりは自主的な去勢だよ。
戦わずして勝つ。
これが上策と心の孔明先生がおっしゃる。
俺がやったなどと言わずに、ダメ出しをうけても敵わないなあとニコニコ流し、妻がやったことには手放しで喜び、料理にはうまいうますぎると讃えていれば、なんとなく上手くいく。
10ゼロの心意気さ。
敵わないけれど、出来る限りの努力をして、熱心にこんまりの本などを読んで家事に参加できることが喜びなんですと平身低頭し揺るぎない忠誠心をタトゥーのように胸に刻むことで、カミさんは大変満足するようだ。
自分への評価を他人に求めず、他人からの評価に一喜一憂せず、他人の不機嫌に踊らされることなく、自分ののびしろをゲームするがごとく楽しみ日々家事をする。
とか適当な持論を誰に語るでもなく展開しているうちに、
機嫌をとろうとクロックマダムをつくった。
クロックムッシュに目玉焼きを乗せると、マダム化するらしい。
梅宮辰夫に目玉焼きを乗せると梅宮クラウディアになる。そういう話だ。簡単だろ?
レンジでベシャメルソースをつくる。
ベシャメルってギャンとか個性的なモビルスーツが使う武器を想像させる響きがある。
強く信じればそうだろ?
小麦粉とバターを同量、
1分半レンジにかけ、
牛乳でとき、2分レンジ、
また牛乳を入れてソースが良いトロミになったら、また2分くらいレンジ、
味見して、塩胡椒。
食パンに作りたてのベシャメルを塗り
ハムを二、三枚挟み
またベシャメルをぬった食パンで挟む
シュレッドチーズ、粉チーズをパンの上にのせて、かけて、オーブンでトーストする
卵をザルの上で割り、余分な水分を落とす
フライパンにオリーブオイルオイルにひとつまみの塩を入れ
水切りした卵を弱火で焼く
焼け上がったクロックムッシュに
目玉焼きを乗せて
クロックマダムが完成する。
誰かに作ってもらえるって幸せとカミさんが呟いた。私はこびりついたレンジフードの油のような心の汚泥を吐き出し、誰にも見つからない穴に隠れたくなる。